債権譲渡の対抗要件(1)

 ある知人から借金をしていたところ、突然に見ず知らずの人から私が債権をもらい受けたので、その借金を返せといって来ました。どう対応すればよいでしょうか--

 法律を少しでも勉強された方なら申し上げるまでもないことでしょう。しかしこれが意外に実務に携わっていると、問題として頻発するのです。

 結論から述べると、その見ず知らずの人からの請求は無視してよろしいということになります。いくら強引な脅迫まがいの督促だったとしても請求に応じなければならない理由はありません。その理由は、もともとお金を貸してくれた知人が本当にその見知らぬ人に債権(この設例では、貸したお金を返してもらうよう請求する権利)を譲ったのか確認されていないからです。その見ず知らずの人の取立てが激しいからといってそれに応じてしまった後に知人がやってきて、あのお金を返してくれといわれたらどうしますか。「あの人に返したよ」と言っても、「そんな人のことは知らない。」と言われたら返す言葉がなくなってしまいます。結局、二重に支払わなければならなくなりかねないのです。
 以上のことに関連して民法では、その467条1項で「指名債権の譲渡は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない。」と規定しています(民法の債権について定めた条項は大幅に改正され、3年後の6月までには施行されることになりましたが、当該条文の趣旨には変更は加えられません。)。

 尚、脇道にそれますが、この条文に「指名債権」という法律用語が出てまいりましたが、それに対して「指図債権」という法律用語もあります。
 「指図債権」というのは、例えば手形や小切手を持っていることによる債権などのことで、手形や小切手をご覧頂くと分かるのですが、この手形を持ってきた人にお金を支払いますとか、この小切手を持ってきた人にお金を支払ってくださいという趣旨の文言がかかれています。このように誰に支払うべきかが指示されているという意味で、「指図債権」と呼ぶのです。もちろん指図債権は手形や小切手に限らずそれと類似する債権についての名称です。
 これに対して「指名債権」というのは、それ以外の普通の債権と理解してよいでしょう。

 さて、本題に戻ります。民法は、要するに新しく債権を譲り受けた者ではなく元々の債権者が債務者に債権を人に譲ったことを連絡して知らせることを求めているのです。その理由は最初にご説明したとおり、見ず知らずの他人が「債権を譲り受けた」と主張していてもそれが本当であるのか否かは、やはり元の債権者に確認しなければ分からないからです。少し付け加えるならば、突然に見ず知らずの人が「私が債権者になった」と主張してそれが認められるならば、本当の債権者にとっても迷惑な話で、債権はいつ人に盗まれるか分からないということにもなってしまうのです。そしてこの元々の債権者から債務者に対して発せられる、債権を人に譲った旨の通知のことを、一般には「債権譲渡の通知」と呼んだり、「債権譲渡の対抗要件」と呼んだりしています。
 あくまでも、債権譲渡の対抗要件としての通知が元々の債権者から発せられなければ、見知らぬ者が払えといってきても無視してよいことはご理解いただけたと思います。
 しかし実務上、問題になるというのは、実は債務者側の方で対応に迷ってしまうということではなく、むしろ債権者の側がこのことを十分認識しておらず、債権を譲り受けたと主張する者が通知をしてくるケースが多いということなのです。もちろん、新しく債権者になりましたと確認する意味では丁寧でよいのですが、あくまでもそれだけでは、本当かどうか債務者は信用することができないので、必ず元の債権者が通知するようにしなければなりません。

 ところが、債権譲渡の通知については、まだより深刻で慎重に考える必要のある場面があります。これは個人的なお金の貸し借りの場面ではなく、商取引の場面でしばしば出てまいります。
 これについては次のリーガル・ガイダンスに譲ることにします。