民事訴訟について基本的な誤解があるといけないので最初に確認しておきたいことがあります。
それは、民事訴訟で仮に被告に対して原告への金銭の支払を命じる判決が出たとしても、それだけでは当然には現実に金銭が支払われるわけではないということです。放っておいても裁判所がその責任において、被告から金銭を徴収して原告に渡してくれることはありません。裁判所はそこまで面倒見がよくありません。裁判所は判決を下すことによって、債権者が債務者に対して金銭を請求できる権利があることのお墨付きを与えたということに過ぎないのです。
実際、もし裁判所が判決を出すだけではなくその後の判決の実現についてまで面倒を見るということになると、現実には債務者に財産もお金もないというときなど、いつまでたっても金銭回収ができなければ、事件を終えることができなくなります。結局、裁判所に多くの事件が滞留してしまいます。また、債権者の立場では諦めをつければいいと思えたとしても、裁判所の立場で「もう諦めて下さい。」とは絶対にいえません。そんなことを言っていては、裁判所の威信が著しく傷ついてしまうからです。
ですから勝訴判決という裁判所のお墨付きを生かして、債権者が債務者から金銭の回収をいかに図るかは債権者の自助努力に委ねるということにしています。とはいえ、せっかく債権者が訴訟などまでしたのに、裁判所が後のことは知らない、何も協力しないというのでは、あまりにも法治国家としては無責任ですので、債権者から債務者の財産を見つけ出したということで申立があったときには、その債務者の財産を国家権力によって強制的に金銭に換えて債権者に渡すことを目的とする制度が用意されています。それが強制執行です。
それでは訴訟などやらずに最初から強制執行を申し立てればいいではないかといいたくなりますが、それも間違いで、国家権力が人の財産を強制的に処分するわけですから、それは慎重でなければならず、本当に債務者が債権者に対して金銭を支払ったりしなければならない立場にあるのかどうか確認する必要があるのです。その役割が訴訟に込められているのです。ですからそのような慎重な判断を経た判決などのお墨付きがあるということが強制執行申立のための要件になっているのです。こういうお墨付きの事を債務名義といいます。
しかし債務名義となる勝訴判決とはいっても、確定した判決と確定はしていないが仮執行宣言が付いた判決との二種類があります。
確定していないというのは、判決は出たがそれに対して控訴や上告がされてまだ係争中の状態であるということです。そして仮執行宣言というのは、本当は権利関係がどのようになっているかは判決が確定してみないと分からないので、強制執行もできないはずなのですが、控訴や上告をしてもまず結論がひっくり返ることはあるまいというケースが多いのも事実です(むしろそれが通例であることは、「法連草」のコラム「控訴審と判決理由の関係」でもご紹介しました。)。控訴や上告が債権者にとっては債務者側の単なる時間稼ぎとしか感じられないときがあります。そのようなとき判決の確定まで債権者を待たせるのは気の毒なので、裁判所が「仮に強制執行ができます」と宣言するわけです。それが仮執行宣言です。仮執行宣言に基づいて判決が確定する以前であっても強制執行が可能になるのです。但し万が一にも判決が逆転してしまえば大変で、今度は債権者が債務者の立場に変わってしまって強制執行がされる前の状態にする、つまり金を返さなければならなくなることはいうまでもありません。
そして実は、債務名義は判決だけではありません。次に債務名義の種類を思いつく限りでご紹介します。
まず和解調書、調停調書があります。これは裁判所での話し合いの結果をまとめたものですから、約束したことは責任持って頂かなければならないという意味で判決と同じお墨付きとしての効果を与えているわけです。
判決のほかに、それに準ずるものとして審判、仮執行宣言付支払督促というものもあります。これについての説明はここでは割愛させてください。
以上はいずれも裁判所が関わっているものですが、裁判所と関係のないものとして公正証書があります。但し金銭などの支払を約束したもので、約束を守らなかったら強制執行を受けても仕方ないという記述(「強制執行認諾文言」といいます。)がある場合に限られます。これは裁判官のOBなどが勤める公証人が作成するのだから、裁判所での和解等と同じだけの効力を認めようということでしょう。