直接強制と間接強制

 直接強制も間接強制も共に、債務名義に基づいて裁判所の力を借りて、強制的に権利の実現を図る方法、つまり強制執行の方法のことを指します。

 ここで債務名義という聞き慣れない言葉を書きましたので、まず先に債務名義について簡単に説明します。債務名義というのは、裁判所の判決正本、和解調書正本、調停調書正本、審判書正本、仮執行宣言付きの支払督促及び公証人が作成した執行認諾文言の条項が含まれている公正証書を指します。つまり裁判所が作成した、事件の被告、相手方に対して、事件の原告、申立人に対し、特定された給付を為すべき事を命じた文書のことです。もっとも執行認諾文言の条項の含まれた公正証書は裁判所が作成したものではありませんが、裁判所で作成した和解調書正本や調停調書正本と同様に債務名義とされています。
 ただ裁判所で作成された和解調書正本や調停調書正本で、被告や相手方に対して一定の行為をするように求める趣旨の条項があっても、債務名義として強制執行に用いることができないこともあります。いわゆる「紳士条項」が記載されているに過ぎないとされることもあるのです。これについてはまた別の機会にご紹介できればと思います。

 さて前置きはこの程度にして、本題の直接強制と間接強制とについてご説明します。
 直接強制とは、事件の被告または相手方とされた者(強制執行の手続に進んだ場面では「債務者」と呼ばれます。)に対して、文字通り直接的に命じられたことを強制することです。
 例えば、金銭を支払ってもらうなら、金銭を支払わせるために、その財産を差し押さえて金銭に換える訳です。ある建物から退去してもらうならば、その建物から追い出すわけです。
 これに対して間接強制とは、債務名義により一定の義務を命じられた者(債務者)自身に義務を履行させるために、債務者が義務を履行しないままでいるときには債務者に対し一定の金銭の支払いをすることを命じるものです。つまり、一定の金銭の支払いする負担を避けたければ、債務名義で命じられた義務を履行しなければならないという意味で、債務名義で命じられた義務の履行を心理的圧力を加えて間接的に促すというわけです。但し、債務者にとって、一定の金銭を支払う方がましだと思える状況(債務者が金銭を支払うことに負担を感じない状況)では効果は発揮しないことになります。だからといってあまりに高額な金銭の支払いを命じると、「どうせ支払うだけのお金はないから」と開き直られるだけで、やはり実効性は生じません。
 以上のような性質から、もともと間接強制は、直接強制をすることができない性質の債務について目的を達成するために認められるのみであると位置づけられていました。つまりあくまでも原則は直接強制であるということです。直接強制ができる場合に、間接強制をする意味はないと考えられていたわけです。このことを間接強制の補充性と言っていました。
 ところが平成15年、平成16年に順次、民事執行法が改正されて、物の引渡債務、扶養義務等に関する金銭債務(婚姻中の夫婦間で認められる婚姻費用、未成年の子に対する養育費など)については、直接強制ができる場合ではあっても、債権者が敢えて間接強制の執行方法を申し立てることができることになりました。
 そこで新たな問題が浮上してきました。つまり同じ権利の実現を図るために直接強制を申し立てることも間接強制を申し立てることもできることになったわけですから、それらを同時、または続けて二つの執行方法を申し立てて、同時並行して手続を進めさせることができるのかという問題です。

 この問題について、民事執行法では債権者が自由に選んでよいと規定した一方で、双方を同時に申し立てることも、順次、続けて申し立てることも特に禁じた規定はないのだから、同時平行して執行手続を進めても何ら差し支えないのだという見解があります。
 しかしこの解釈には無理があります。
 直接強制として、債務者の財産を差し押さえる場合だけでも、債務名義で基礎づけられた債権額を超えて差押の申し立てをすることは認められていないからです。
 と言ってもわかりにくいかも知れません。例を挙げます。
 例えば銀行の預金債権を差し押さえる場合です。債権者としては、差押をしてみなければ、結局、どの預金口座にいくら残高があるのかは分かりません。予め資産調査をした結果、おおよその預金残高が分かっている場合もありますが、日々、預金の残高は増減しているわけです。そこで、仮に100万円の債権を有している債権者が複数の預金口座を差し押さえるとき、確実に差押の成果を上げるために、A口座、B口座、C口座について、それぞれ100万円を差し押さえるとしたいところです。しかしそのような差押を行うことはできません。あくまでも債権者が有している債権は100万円なので、三つの口座を同時に差し押さえるのだとしても、合計で100万円になるようにしなければならないのです。つまりA口座は20万円、B口座には35万円、C口座には45万円というように適宜分けて差押の申立をしなければならないのです。
 同じ一つの執行手続を申し立てるときにでも、債権者が有している債権の金額以内の差押の申立しか認められないのです。それが直接強制と間接強制とを選択して申立をするという局面になったからといって、同時に申立をしたり、同時並行して手続を進めることが許されるはずはありません。つまり、直接強制と間接強制とを選択して申し立てることができるとはいっても、同じ権利の実現を目的とするのである以上は、どちらか一方に絞り込む必要があると解するほかはないのです。
 もっとも、この点、民事執行法が改正されて10年以上経過しているわけですが、まだ最高裁判所の判断が示されたわけではありません。まだしばらくの間は担当裁判官の考え方次第で、右にも左にもなる状況が続くかと思います。