自動車販売も併せて行っている自動車整備工場から自動車を一括現金支払いで購入したのに、後からその自動車の正規ディーラーである東京K社販売から、私の購入した車を返せと言ってきました。その要求に応じる必要はありますか?
設問のようなケースは意外によくあるようです。実際、裁判になったケースは数多くありますし、実務的に議論を呼び起こしたケースだけで、三件もの最高裁判所判決がある程です。
結論を言ってしまうと、「知らぬが仏」ということになります。皆さんが、もし、「東京K車販売株式会社(以下では「K社」といいます。)は何を馬鹿なことを言っているのか、とんでもない言いがかりはよしてくれ。」と、心底、思っていたとしたら、まず要求に応じる必要はないという結論になると思います。しかし「あー、なるほど。こういうことか。あの整備工場を信用したのが失敗だったな。」と思いついてしまえば、自動車を取り上げられてしまうかもしれません。
その意味では、皆さんはここから下の部分は読まない方がよいかもしれませんね。
でもご安心を。実際に同じトラブルになったときには、K社の側で皆さんがこの問題の所在を知っていることを主張して立証しなければならないでしょうから、皆さんが知らないふりしていればまずは大丈夫です。安心して読んでみて下さい。
まず問題の所在をご紹介します。
設問の場合、自動車整備工場は正規ディーラーであるK社から自動車を購入して、それを「私」(ここからは「ユーザー」といいます。)に転売したのです。そして自動車整備工場が直ちにK社に対して売買代金を支払えば問題なかったのですが、売買代金を支払わずにいるままだったのです。このようなときK社は自動車の車検証の登録上、所有者名義を自分の名義のままに留めて買主名義に変更するのを控えているのが通例です。このような形で売買がされることを所有権留保売買と呼びます。
つまり売買契約が交わされたのですから、その目的物である自動車は買主に引き渡すとしても、まだ売買代金が支払われておりません。そこでいざ買主から売買代金の支払をしてもらえない事態がはっきりしてきたときには、自分が所有者として登録されているのですから、所有者として自動車を返してもらえるということを考えてのもので、K社は売買代金債権の担保としての効果を期待するわけです。
だからユーザーが自動車の売買代金を自動車整備工場に支払ったとしても、自動車整備工場のほうがK社に対して売買代金を支払わないままである以上、自動車の所有権は依然としてK社に残っているので、K社が所有者としてユーザーに対して自動車の返還を求めてきたということなのです。
とすると、ユーザーは高いお金を支払って自動車を購入したのに、K社に自動車を渡さなければならないという結論が、一応、導かれます。
確かに、営利追求を図るK社の立場では、ただで大事な商品が自分の手から離れてしまうことは容認できるはずはありません。しかし他方で、ユーザーの立場では、高価な代金を支払ったのにそれをどぶに捨てた形になるわけで踏んだり蹴ったりです。こんなことがあってよいのでしょうか。
さて、ここで正確を期すために回り道をします。かえって分からないという方はこの部分は読み飛ばしてくださって結構です。
実は、この設問と同じような場面は、自動車に限らず他の商品でもありうることです。他の商品でも所有権が留保されたまま流通に置かれることもあるからです。しかし自動車ではない他の商品に関しては(正確にいうと他の商品といっても、土地、建物または登記対象となる船舶以外の一般動産のことです。)、民法192条によって解決ができます。
つまり普通の商品には名札がついているわけでもないですから、今現在その商品を管理支配している人こそが所有者であるとして考えるほかありません(民法188条参照)。ですから民法192条によって、商品を購入した人は、自分に商品を売ってくれた人が実は所有者でなかったようなときでも、そのことを知っていた等の特別な事情がない限り、真実がどうであったかを問わずに所有権を取得することができます。このようにして所有権を取得できることを即時取得といいます。
そして所有権留保を主張する者にとっても、もともと名札もついていない商品なのだから、転売されてしまえばもう仕方がないと割り切っているはずです。
ところが自動車の場合は陸運局での登録制度があるため、それを見れば真実の所有者が誰であるかもわかるはずであるという意味で、土地、建物のように登記の対象となるものと同様に考えられます。その結果、民法192条は適用されません。だからといって、一般ユーザーが自動車を購入するに際して、土地や建物を購入するときのように予め車検証の所有者名義を確認していないし、その機会も通常与えられないという現実があり、やはり土地や建物とは異なるのです。
というわけで、自動車の場合に問題が深刻になるのです。
さてそれでは設問のようなとき、裁判所ではどのように判断するのでしょうか。
いくつかの過去の事件を通して浮かび上がった裁判所の解決パターンは次のとおりになります。
原則
所有権留保されていて車検証の所有者名義がそのとおり登録されている以上は、K社がユーザーに対して引渡請求(返還請求)をするには理由があるといわざるを得ない。K社に所有権があるのだから当然ということです。
例外
次の要件がそろうときには、K社のユーザーに対する引渡請求(返還請求)は権利の濫用(民法1条3項)であって、認められない。即ちユーザーが保護される。
a K社が自動車整備工場に対して自動車を売却する際、当然、その自動車は転売されることになることを予測し、そのことを容認していた。
b ユーザーは既に自動車整備工場に対して売買代金を完済しており、自動車の引渡も受けて現に使える状態になっている。
c ユーザーがK社と自動車整備工場との間の売買契約が所有権留保付きのものであることを知らなかったこと。
(但しこのことを知ることが可能な特別な事情があれば、ユーザーを保護しない。)
このような裁判所の解決パターンに対しては、いろいろと議論があるところですが、直面した紛争の解決という意味では、おおむね妥当な結論が導けるものではないかと思います。
第1にK社がもともと自動車の転売を容認していないのであれば、K社はユーザーが出現することさえ予期していないのであって、所有権留保さえしておけば、売買代金債権も回収可能であろうと期待していたのでしょうから、その期待はやはり保護すべきかと思います。また、このような場合は、自動車整備工場も、自動車の販売を営業の一環として行っていないのでしょうから、敢えてそのような自動車販売を業務内容としていない者から自動車の購入をするユーザーは、それなりの考えがあって売買契約を交わしているのであって、その結果、所有権を取得できないというトラブルに巻き込まれるリスクを負担させても仕方ないといってよいでしょう。
逆にK社が自動車の転売を予測し容認していたのであれば、設問のようなユーザーの出現は覚悟していたわけです。そして案の定、ユーザーが自動車を購入したことを主張するとき、今更のように自社の利益を優先して所有権留保を主張するのは身勝手ではないかと考えられます。
第2に、いずれにしろユーザーがまだ売買代金を決済していなければ、設問のようなトラブルが発生したとき、自動車整備工場との売買契約を解約して、改めて他の会社から他の自動車を購入すればよいので、ユーザーが問題が発生した自動車を購入することにこだわる必要はありません。
第3に、K社と自動車整備工場との間の売買契約が所有権留保付きのものであることを知っているユーザーは、トラブルに巻き込まれる覚悟をしているわけですから、ユーザーが売買代金を決済した後であったとしても、ユーザーにとってK社による権利主張を認めても予想だにしない損害とは考えないでしょう。
しかし裁判所の解決パターンによって、あくまでもおおむね妥当な解決が図られるはずだというにとどまります。細かく検討すると問題は山積みです。
① ユーザーが全く代金を支払っていないならユーザーは、その自動車を断念すればよいのですが、完済はしていなくとも代金を一部支払っているときはどうするのか疑問です。自動車整備工場以上に、一般ユーザーがローンを組んで自動車を購入するケースがほとんどなのです。
裁判所の考えでは代金を完済していない以上、ユーザーは自動車をK社に引き渡すべきだということになるのですが、果たしてそれでよいのでしょうか。
② では、ユーザーが自動車整備工場に対する売買代金の支払を、約束手形を振り出すことによって、その支払期日に決済することにしていたところ、その後にK社と自動車整備工場との間の所有権留保を知ったときはどうでしょうか。実際、このケースは最高裁判所にまで持ち込まれて、K社の引渡請求が認められました。なぜかというと、ユーザーがK社に所有権留保がされていることが分かった段階ではまだ約束手形が決済されておらず、売買代金が完済されていなかったからです。
しかしこの判決は疑問です。ユーザーはK社が所有権を留保していることを知ったとしても、既に振り出してしまった約束手形を決済しないわけにはいかないからです(不渡処分を受ける)。この判決は機械的に前記の解決パターンに当てはめたがゆえの誤りというほかありません。約束手形の振り出しを売買代金の完済に準じて解決を図るべきでした。
③ 更に逆にユーザーを過度に保護しているのではないかと思われる事件もありました。ユーザーはまだ整備工場に売買代金を支払っていない段階で、K社の名義で車検証の登録がされていたことに気がつきました。とすれば前記の解決パターンでいう以上、当然、ユーザーは自動車をK社に返還すべきことになります。ところが裁判所はこのユーザーは確かに登録名義がK社のままになっていることは気がついていたが、自分が整備工場に代金を支払えば、自分名義に書き換えてもらえるものと思っていたから自動車を返還しなくてよいと判断したのです。
このケースの場合、ユーザーは所有権留保されていることに気がついたならば、その事実関係を 確認調査して、はっきりしないうちは売買代金を支払わないという対応を取るべきでした。そのような対応を取らないユーザーを保護すべきだとは思えません。たまたまそのユーザーが所有権留保の意味を知らなかったからということでユーザーを保護するのではK社にとっての不利益の方が大きいというべきでしょう。
このような場合もあるから、最初に私は知らぬが仏と申し上げたのです。いくら何でも、いろいろと情報を収集し、法律紛争に巻き込まれないようにと努力している人が損をして、そうでない人が得をするのはいかがなものかと思います。
結論として、この種の紛争に巻き込まれずに自動車を購入するなら、何も知らぬうちに一括払いしてしまうか、正規ディーラーから購入するかにするのが一番ですね。