ここ数年、刑事司法において被害者の存在が無視され、犯人が起訴されたのかどうなのか、裁判はいつ開かれたのか、どうなったのか、全く知らされないままに進んでしまうという実態に対して疑問視されるようになり、刑事司法手続の過程において被害者の立場に配慮がされるように少しずつ制度が変わっていき、ついには犯罪被害者参加制度が導入されたことは、既に皆様もご存知でしょう。
その一環として犯罪被害者側にも国選弁護人をつけることもできるようになっています。
しかしそもそも、是非とも法廷に参加したいとまでは思わないような一般的な事件の被害の場合を前提にして考えたとき、現実に被害者のために弁護士ができることにはどんなことがあるのでしょうか。
今回のテーマはこの点です。
まずは犯罪被害を受けたのに警察署などが自ら捜査に着手してくれないというときに、犯人を告訴したり告発したりするのはもちろん弁護士にできる仕事です。しかし事件が既に刑事司法手続のルートに乗っている場合について弁護士ができることはどんなことでしょうか?
結論としては、理念としては、犯罪被害者のために弁護士が尽力すべきであることに異論を差し挟む余地はないものの、実際にはできることはほとんどないということだろうと思います。
いや正確にいうと、被害者のために弁護士ができることは、加害者に対する慰謝料請求、損害賠償請求その他、加害者からの被害者に対する謝罪を含めた誠実な対応を引き出すための窓口になって協力をすることにつきると思います。
しかしこれは本来、犯罪被害者からの救済のためという問題意識で最近、喚起された課題というわけではなく、元々の民事事件として受任して行ってきた業務でしかありません。別に特別なものではありません。
これに対し、犯罪被害者が求めている支援として、最近、浮上したテーマとしては、①刑事訴訟手続きの進行の度合いやその持つ意味が全く不明であるので、被害者として当然知る権利があるので、容易にアクセスできるようにしてほしいとか、②加害者及びその関係者からのいわゆるお礼参りのような2次的被害の不安を解消してほしいとか、③自分は被害者であるはずなのに、なぜか世間では被害に巻き込まれたことについて好奇の目で見られたり、巻き込まれる方が悪いかのような評判が立てられてショックであるとか、④ごく稀に世間の関心を呼び起こしてしまった事件の場合は、マスコミ対応を何とかしてほしい等であると思います。
私は弁護士としては、①ないし④のうち、②、③については、依頼者である犯罪被害者のためにできることはほとんどないと思います。④についても弁護士の名において先手を打って取材に答えたりすることによって、ある程度マスコミ報道を抑制させる方向でコントロールすることはできますが、報道の自由も尊重しなければならず限界があります。となると、被害者側の弁護士が被害者として支援が充分にできるのは①くらいでしょう。それが現実です。
つまり、犯罪被害者のための救済に関わる案件を弁護士が依頼された場合には、もちろん犯罪の被害者の苦痛には常に寄り添い深い共感を持って接しなければならないことはいうまでもありませんが、かといって、どんなことでも何とかなるという問題ではないということ、これは弁護士としてもよくよく自覚しておく必要はあると思います。
ところで、なぜこのようなことを改めて書いたのかというと、弁護士の中には犯罪被害者の救済という見地を強調するあまり、皮肉にも、本来の為すべきことをしない、被害者のために説得すべきことを説得しないという人が見受けられると感じたからです。
というのは、私自身、加害者側弁護人として犯罪被害者側代理人の弁護士と接した過程で被害賠償交渉(示談交渉)をしようと持ちかけたことがあるのですが、被害者である本人にその気がないとして断られたことがあるからです。
損害賠償交渉を断るという選択は犯罪被害者側代理人にはあり得ないことです。依頼者が望んでいないなどといっても、それは犯罪被害者である依頼者が、犯人に対する怒りの感情で一杯になってしまっていて、合理的かつ賢明な判断ができていないからに過ぎないはずです。弁護士としては、ただ依頼者の代弁に終始するだけではなく、依頼者の抱く感情から少し距離を取って、被害者にとってより合理的かつ賢明な対応をするように心がけなければなりません。それでなければ何のために弁護士が代理人となっているのか全く意味はないのではないでしょうか。
確かに一度、罪を犯してしまった以上、後から被害者にお金を支払ったからといって、許されるという問題ではありません。被害者としては、加害者から和解金、示談金を支払いたいなどと申出があっても素直に応じる気持ちになれない場合があることは否定しません。しかし被害者が心身共に傷ついたことにより、有形無形の経済的損失を被っていることは間違いないことであり、その穴埋めを幾分かでもしてもらうのは当然の被害者の権利です。それによって犯人側を許すとか許さないとかは別問題です。その当然の権利であることを、弁護士としては、依頼者である被害者に説明し再認識させるのが本来の仕事でしょう。
被害者側の弁護士が、加害者側からの被害弁償の申出を拒絶するような対応をする背景には、傷ついた被害者の気持ちを回復するためには、「やっぱり金の問題で済まされてしまった。」と思われてはいけないのではないかという価値判断があることは間違いありません。
しかしそれはお叱りを受けることを承知で申し上げると、被害者のショックを、弁護士である自らの力で立ち直らせることができるとの思い上がりではないかと思います。精神科医でもない弁護士にそんなことはできません。弁護士としては被害者に対して現実に向き合わせて、わずかでももらえる内に賠償金をもらっておこうという選択をさせるべきです。もし金額が納得できなければ、条件が合わなかったことを理由にお断りするのは仕方ないでしょうし、あくまでも賠償金の一部として受け取っておくに留めるという選択もあるでしょう。
私は、せっかく犯罪被害者が一人で事件と向き合い悩み続けているのではなく弁護士に助力を頼んで来られたならば、その被害者の感情に付き従うだけではなく、冷静に、弁護士として確実に被害者の利益ためにできることをまずは優先するべきだと考えています。つまりしばしば事件に巻き込まれて損失を被ったままで泣き寝入り状態にされてしまう有形無形の損害の回復に努めることこそ肝要だと考えています。