「先生のご専門はなんですか?」

 よくお客様や個人的に始めてお目にかかった人などから尋ねられるご質問に「ご専門は?」というのがあります。
 そう尋ねられるたびに、「特に専門などというものはありませんよ。普通の人が日常的に直面することがあるようなトラブル一般を取り扱っています。いわゆる一般民事ですかね。」というようなお答えをするようにしております。しかしこのように答えると、ある程度、もともと弁護士に接した経験の比較的多い方などは「なるほど」という感じで御納得いただけるのですが、あまり弁護士に接したことがなく、初めて弁護士に相談しようという方などは、自分の抱える問題についての「専門家でもなさそうだし大丈夫なのか」という不安感を顔に浮かべる方も少なくなく、このご質問は本当に答えにくいご質問となっています。

 とにかく今回は、日本の平均的な弁護士には、特に決まった専門分野などないということを知ってもらいたいと思います。
 なぜかというと、弁護士がある特定の分野の問題しか取り扱わないとして打ち出してしまうと、限られた依頼者の間で、その特定の分野のトラブルが起こる確率は小さいため、結局、事件の依頼を受けることが少なくなってしまい、弁護士としての自分の生活が維持できなくなってしまうからです。普通の生活を送っていれば、人は、そんなに法的トラブルに巻き込まれることはありません。従って弁護士としては、相談を受けるトラブルについて贅沢をいうことは許されず、広く網を張っていなければならないわけです。
 例えて言えば、弁護士は村の開業医なのです。大学病院の立派な大学教授ではありません。村の開業医に期待されているのは、どんな怪我でも病気でも臨機応変に適切な治療を施してもらうことにあると思いますし、弁護士についても同様なのです。もちろん専門分野があるにこしたことはありませんが、むしろ求められているのは何にでも対応できる多様性と柔軟性でしょう。

 しかしここ20年余りの間に、弁護士の数が相当に増えました。弁護士が都市部に集中しており、地方では弁護士が一人もいないような所さえ少なくないのでそれを是正しようというのが弁護士を増やす理由の一つでした。つまり、地方においては、村の開業医としての弁護士が不足しているということだったのです。
 そしてまた都市部においても、弁護士の世界での大学病院に当たる専門分野が明確に固まって、専門的かつ高度なリーガルサービスを提供できる弁護士が少ないと一部で指摘されその意味でも弁護士の数を増やさなければならないと言われていたのです。
 確かに地方における弁護士の不足は深刻な問題でしたので、それが解消に向かったことはよかったと思います。しかし地方において弁護士の数が増えたということは、都市部では弁護士の数が増えすぎて過剰になってしまいました。そして、専門的かつ高度なリーガルサービスを提供できる弁護士が増えたかというと、あまり増えたようには思いません。
 そもそも、医療とは異なり、リーガルサービスについていうと、開業医にあたる存在としての弁護士では対応できず、専門医にあたる専門分野に特化した弁護士でなければ対応できない分野など、もともと多くはありませんでした。比較的専門性が必要とされるのは、特許、実用新案権の問題や国際的商取引の問題、企業のM&A、医療過誤の問題などだけに限られるかと思います。これは弁護士の数が増えた今日にあっても変わりません。前述した特殊な一部の分野を除く一般的な案件については、弁護士であれば、皆、専門分野であるか否かなど特に意識することなく、全て対応することが可能です。

 にもかかわらず弁護士の数が飛躍的に増え競争が激しくなったことで、「債務整理専門」、「交通事故専門」、「離婚専門」、「相続専門」等と謳う法律事務所、弁護士が現れてきています。
 これはそれぞれの営業戦略があってのことですから、特にここで批判はいたしません。
 ただ当事務所としては、もともとどの法律事務所でも対応できるはずの分野について、殊更に専門であるなどというと、却ってご相談、ご依頼を受ける機会も減ってしまいかねないと思いますので、従前通り、これからも「特に専門などというものはありませんよ。普通の人が日常的に直面することがあるようなトラブル一般を取り扱っています。いわゆる一般民事ですかね。」とお答えしていくことにしております。  

 しかし専門分野は特に打ち出すわけではなくとも、「得意分野」というのは確立していかなければなりませんと考えています。
 ただこれは経験に基づく自信ということにほかなりませんから、皆さまからのご相談、ご依頼の蓄積で自然に醸成されていくことだと思っています。
 これまで多かった案件を踏まえると離婚に関わる問題が得意分野になっていきそうです。変わったところでは転倒事故に関わる損害賠償の案件も取り扱わせて頂きました。しかしまだ得意などとはいえるレベルではありませんし、まだまだ未開拓な分野なので、これからも試行錯誤を繰り返して行ければと思っています。
 ですが、本当は悪徳商法の問題などに関心があるので、いつかは得意分野といえるようになりたいなと思っています。