天秤の心

 皆さん、弁護士のバッチはドラマなどで見たことありますよね。中央部に天秤があり、周囲はヒマワリの花びらをイメージしたデザインです。ヒマワリの部分についてはよく菊だという人がいるのですが、菊ではありません。
 さて、今回は天秤のほうに関連して、弁護士の仕事のイメージを思うままに書いていきます。仕事のイメージというよりも、私が抱えている悩みといったほうが正確かもしれません。

 弁護士のバッチに天秤がデザインされていることを、私がまだ弁護士の卵だったときに知ったとき、正直、違和感を感じました。天秤はバランスを計るはかりですから、むしろ裁判官の象徴のように思えたのです。弁護士は依頼者の利益やニーズにまず応えなければならない職責があって、バランス(つまり公平性)など考えていては仕事などできないのではないかと思ったのです。しかし今では、弁護士バッチにこそ天秤のデザインが必要だというのがよく分かっています。つまり、弁護士も法律家です。法律家が法をどのように扱うかによって世の中の法に対する信頼が決まってきます。弁護士が依頼者の要望だからといって、法律の都合のよいところばかりを利用して、都合の悪いときには何とか抜け道を探し出し、本来、法律が期待することでも時には無視してもよいというのでは、法なんていい加減なものだということになってしまいます。依頼者からは感謝されたとしても、社会全体からは法律の信頼感が喪失し、ひいては弁護士の信頼もなくなってしまいます。

 だから依頼者から無理な相談が持ち込まれたときには、無理であることをはっきり告げなければならないし、実際に依頼者から事件を引き受けた後にあっても、事件の相手方との交渉の場面では、依頼者の守られるべき利益を確保することを目指すのは当然ですが、欲張ることは謹んで引くべきところは引かなければならないわけです。常に依頼者のことだけではなく相手の立場も踏まえながら、事件の落としどころはどこかを考えなければなりません。ただそうすると、依頼者から誤解されることが少なくないのも確かです。ひどいときには「先生はどちらの味方なのか」と問い詰められるときさえあります。これも弁護士が法律家としてバランスを尊重しなければならない職責がある以上、宿命なのでしょう。

 また天秤の精神は、当然、事件の相手方の弁護士も、持ち合わせているはずなので、そこで事件の落としどころが自ずと導かれるのです。これは弁護士同士、同業者として馴れ合っているのだと思われるかもしれませんがそうではありません。あくまでも依頼者の利益を踏まえて、お互いの公平を保てる接点を模索しているのです。
 とはいえ弁護士も人の子。それぞれの人生観、価値観によって天秤の種類が違います。「こんなことは許されない、何とかしてあげなければ」と思って事件を引き受け訴訟を起こしても、相手からは逆に「不当訴訟だ」などと言われることさえあるのです。相手にも天秤の精神を持ち合わせた弁護士がつけば、お互いに非は非として認めて、円満な和解ができるだろうと期待しても、その期待が無残にも裏切られることもあるのです。またそれだからこそ事件は絶えないのだと思って、そういうことも受け入れなければならないのかも知れません。