弁護士をしていると、いろいろ世間をお騒がせする問題行動をする弁護士もいる中で、まだまだ社会的に信用されているのだと感じるときが多々あります。
例えば依頼者から債務の返済条件の変更を貸金業者と交渉することを依頼され、貸金業者に電話するとき、私が弁護士であることが分ると、ほとんどの場合、非常に丁重に話しをしてくれます。これなら弁護士が入らなくとも、依頼者自らいくらでも貸金業者と交渉ができるのではないかと思うときもあるほどです。警察につかまっている被疑者、被告人と面会するときも、警察署では、一般の人は平日の面会受付時間でしか面会できないのに、弁護士の場合は、休日でも、夜になってからでも面会をさせてくれます。また、市役所などからは住民票や戸籍なども、一部の例外を除き、裁判所に出すためだと言いさえすれば、それ以上追求されることもなく渡してくれます。
もちろん何を言ってもわがままを聞いてくれるというわけではありませんが・・・
なぜ弁護士に対して、このような信用された扱いをしてくれるかというと、やはり、弁護士は物事を法律に則って処理するはずであり、不当な目的のためにこちらの信頼を利用するようなことはあるまいと信頼してくれているからです。そして、弁護士のいうことにも間違いはあるかもしれないが、殊更に嘘をついたりすることはないと信用してくれているのでしょう。
我々、弁護士が仕事を進めるに当たって、このような社会からの信頼感は何よりも大きな武器になるものです。この信頼感が損なわれたとき、弁護士はただの事件当事者の手足かスピーカーのようなものでしかなくなってしまいます。
従って、弁護士は意図的な嘘をつくことはしないように努力しています。絶対に嘘はつきませんといいたいところですが、そこまでいうと却って、いかがわしく思われるのが常なので、敢えて絶対とはいいませんが、社会の信頼感を損なわないよう努力していることは間違いのないところです。
ところがです。事件の渦中にあるとき、人はどうしても自分に不利なことを覆い隠したり、不利な事実を有利なように脚色して主張したりするものです。これは人間の自己防衛本能の現れでしょう。やむをえないことです。私だって、自らが事件の渦中に巻き込まれたら、どこまで正直に対応できるか心もとありません。
ですから私は、依頼者の方には申し訳ないのですが、どこかに嘘が紛れ込んでいるのではないかという冷めた耳で、話しを聞くように心がけています。たとえ依頼者の主張であっても、嘘は嘘として取り扱わなければ、弁護士の社会的信用を失うことになりかねません。嘘をうやむやにして受け容れてしまうと、その依頼者から私に対する信頼は維持されるかもしれませんが、それ以上に弁護士としての社会的信用を喪失して将来の業務に支障が出たり、将来の多くの顧客を失う方が損失が大きいのです。
しかし他方、弁護士は依頼者から信頼されて事件を処理しているのですから、弁護士も依頼者を信頼してお話しをうかがい、行動する必要があります。弁護士が信頼しなければ、依頼者も心を閉ざしてしまい、有利不利問わずに一切の事情を話してくれなくなってしまうでしょう。ですから、私は初めての相談者に対しても、できるだけ、前からの知人と同じようなフランクな姿勢で接しようと心がけてもいます。あまりに身構えていると、ただでさえ敷居が高いと思われがちな弁護士が尊大に見えてしまって好ましくありません。
というわけで、そこに矛盾・葛藤が生じます。結論として、明らかな嘘なのに見破ることのできなかった嘘が出てきます。どうしても依頼者を贔屓目に見るあまり、眼鏡が曇ってしまうのは避けられないのです。
それが一対一の法律相談の段階でとどまっていれば何の問題もありません。しかしそれが訴訟や交渉の場で表に出たときに問題となります。巧妙な嘘で、なかなか見破れないような嘘ならばともかく、直ぐにばれてしまうような嘘だったら、その弁護士も荷担して嘘をついていたと思われてしまいかねないのです。なぜなら経験豊富な弁護士がそんな稚拙な嘘にごまかされるはずはないのだと周囲の人は考えるからです。
私の場合、そういう嘘が発覚したときは、原則としてその依頼から手を引くことにしています。そして嘘が発覚したことにより、その依頼者にとって事件は最初の段階よりもいっそう不利な状況となり、事件の依頼が終了した後も長く、後味の悪さが依頼者と弁護士の間に残ってしまいます。
あからさまな嘘でなくても、重要なことを依頼者から知らせて頂けないままに事件の処理を進めていたところ、後から事実を聞かされて、対応が手遅れになってしまうということもあります。このようなときは、別に弁護士としての信用が傷つくわけではないので、明らかな嘘を見破れなかったときよりも影響は小さいのですが、そのために採るべき方針を誤り、取り返しの付かない事態を招きかねないことには変わりはありません。そして場合によっては、以後の依頼者との信頼関係にひびが入り、やはり結局、辞任をしなければならないということにもなりかねないのです。
多くの弁護士もこのような結末になることが嫌なのです。だからもともと良く知っている人やその紹介してくれる人でなければ、相談に乗ったり事件を引き受けたくないという弁護士が多くなってしまうのです。
しかし私は、そのような対応を取るのは弁護士の逃げでしかないと思います。
この種の悩みは、どんな仕事をしていても形を変えつつ存在するのだと思います。タクシー運転手は客がいつ強盗になるか分らない不安を抱えつつ、どんな人でも乗車拒否しません。飲食店も無銭飲食される不安を抱えつつも、誰でも入店を拒むことはないでしょう。弁護士も同じでなければならないと思っています。
ただ私はお願いするだけです。どうか弁護士に嘘をついたり、隠し事はしないで下さい!